he Making of “福耳” vol.14 2008/2/21 山崎まさよし in “DANCE BABY DANCE”ジンジャミエールセッション もしくは壺を飾る
照れ屋さん うれしいくせに かもし顔 ←今日も俳句だ
解説:毎年12月23日の山崎まさよし(以降ヤマ)の誕生日に穂苅はヤマの家に置くものを贈ることにしている。なんせ昔からヤマの部屋は殺風景で、男の一人暮らしを通り過ごして倉庫のような雰囲気すらある。ひゅううううという音が聞こえてきそうで、音楽制作に支障をきたすんじゃないかと思い、少しでも心温まればいいと思ってのことだ。特に玄関を入った時の「何もしていなさぶり」には心痛めていたので、まずは何年かかけてここから何とかしようと決心したのである。一昨年はフォロンというイラストレイターの「Peace」というロマンチックなポスター(よこ1.5Mくらいあってでかい)を額装にして玄関の靴棚の上に吊るした。勝手に吊るした現場を見たヤマは「人の家の玄関に勝手に自分の趣味を飾るなああああ!」とこわい顔をして声を荒げたが、なあにちょっとはにかんでいただけだろう。こういうとこ素直じゃないなあ。というわけで去年の誕生日には第二弾を贈るチャンスがやってきた。去年から次はこれをなんとかせねばと思っていたのだが、玄関を入った正面に何というか洋風の床の間のような
空間があって、そこにスポットライトが当たっている。明らかに何をか飾ってくださいと言わんばかりの作りである。にもかかわらずヤマはそのスペースにあろうことか靴箱を無造作に積み上げていたのだ。ここに置くべきものは何か?2年越しに思案して一度は図1のようなインドな感じの彫像なども検討していたのだが、怖い感じのものばかりだったので断念した。次に考えたのが今回設置する壺である。口が広いと装飾品にもかかわらずヤマは結局傘立てとしてしまうことが十分に予想されたので、探し回った挙句ついに見つけたのが図2のような壷である。御覧のとおり相当大きい。これに白木の枝をしつらえておしゃれなバー、業界用語で言うとシャレオなアーバな感じにしようというコン
セプトである。正月にはもう買っておいたのだが、設置する機会を逸していたところに、今回の福耳DANCE BABY DANCEのプリプロを山崎の自宅スタジオジンジャミエールにて行おうという機会が来たのだ。さっそく壺と枝を運んでヤマ宅へ向かった。以降サイモン&ガーファンクルの「スカボロフェア」の歌詞の構成にならい物語は2元にて進む。
まずはレコーディングの進行状況を確かめようと身一つでヤマの部屋に入った。すでにスタジオからはDANCE BABY DANCEが漏れ聞こえている。声をかけても聞こえないだろうから勝手知ったる山崎宅に入ってしまう。スタジオを開けるとちょうどタンバリンを録っていたようで何を考えているのかこんなヤマ(図3参照)が迎えてくれた。聴けばもうコーラスも録れてしまったということだ。COIL岡本定義(以降サダ)との会談の中でいろいろ出てきたアイデアを実際に何はともあれ入れてみようという意図である。いくらでもアイデアは尽きないようなので穂苅は自分のプロジェクトを進めることにした。
車からまず壺を運び出す。とはいえ、どう軽く見ても10キロはくだらない代物だ。落として割れでもしてはシャレにならんとばかり慎重に運んだ。マネージャーの上村潤に手伝ってもらうことも考えたのだが、設置する前にダメ出しされるのが嫌だったので、一人で頑張って数回に分け、枝、そして工具一式も運び入れた。
スタジオではギターソロのパートをシカオくん(スガシカオ)のパートも含めて弾き出していた。いつになくブルージーである。シカオくんとの差別化で勝負を図るつもりだろう。枯れたトーンが気持ちいい。気分が乗ってくるまで小一時間かかるだろう。
まず玄関先の靴箱を片付ける。無造作に積んであるそれは10箱以上あったが目立たないような隅に移動し、丁寧に積み上げた。空いた空間は思ったとおりとてもおしゃれだ。壺をおいてみる。おお!まるであつらえたかのように似合っているではないか!枝をさしていくのだが、壺の口がせまいために一本ずつ生けていくようにバランスを見ながら刺していく。これはなかなかに根気のいる作業だった。
根気のいる作業はギターソロの収録でも行われていた。ヤマの興が乗ってきてしまい、フレーズがいくつも出てきてしまい決めきれなくなってしまったようだ。テイクはすでに20以上重ねている。途中から音色もよりロックっぽく重くひずんだものになっている。どれもすでにOKレベルだが、シカオくんとのバトルに向けわずかな隙も見せないという意思がみなぎっていた。
枝をある程度さしていくとすでに口には押し込まないと入らなくなってきた。そうすると奥まで刺さらず枝の先は天井に突き刺さった形になるのだが、広がった形は奇麗で、そのまま気にせず刺していった。
ギターソロは数パターンの候補を残し、とりあえず切り上げることとした。後日必ず行われるスガシカオとのスタジオ本チャン対決に向けて、シカオくんの繰り出すワザによってヤマの手を変更していこうという作戦である。つぎにサビにモータウンのオマージュとして入れるティンパニー風の「ドコドン!」を音源を使って検証する。どうやらフロアタムの音が最もイメージに近いようだ。アナログのイメージが強いヤマからは想像できないかもしれないが、コンピューターをベーシックにしたジンジャミエールのシステムをエンジニアの手を借りながらも、手際よく音を呼び出したり、指示を出したりしている。
完成に近づいたので、左右のバランス、照明の当たり方などで枝を剪定する。ここでも口のせまさが災いし、一本の長さを切りそろえてさすとその枝の周りまで奥にひっこんでしまう。押し込んだり引き出したり切ったりしながら、次第に本格的になってまさにシャレオなアーバ風になってきた。
この日の作業の最後にサビの裏で流れるビブラフォンによる裏メロをヤマとサダで考えはじめた。キーボードにビブラフォンの音を呼び出しヤマとサダでかわるがわる弾いてはDANCE BABY DANCEのオケに合わせ試してみる。この辺はメロディメーカー同士なので、細部の直しもツーカーでみるみる磨きあがっていった。「ほい、これでおれのやりたかったことは一通りできた!」ヤマが満足そうに背伸びした。
さあ完成だ!枝や切りくず、工具などを片付け、実際に玄関を入って見てみる。ううむかっこいい!おしゃれだああ!なんかクリエーターぽいっ感じ。ちょっと大げさで派手だが、まあこのくらいがブルースマンとしては妥当だろう。フォロンの絵と合わせて何やらスノビッシュでいやらしくもあるが、はったりをきかせる効果は十分だ。
「終わったよお」まずサダが出てきた。玄関で壺に見とれてうっとりいる穂苅をみつけ、次に壺を見た。「げげげ!なにこれえ?ヤマちゃん!ヤマちゃーん!ちょっと来てよ!とんでもないことになっているよお!」何という驚きぶりだ。そんなにかっこいいのか。ヤマがあわてて出てきた。壺を見てその口は喉仏が隠れるくらいに下に開いた。感激で言葉が出ないようだ。「こ、こ、こ・・・」そうかそんなにうれしいか。「なんじゃああああー!こりゃああああー!」松田優作顔負けのリアクションだ。もしかしたら泣いてしまうかもしれない。「あのなあああ!人んちの玄関勝手に飾るとはなんてこったああああ!なんだと思ってんだあああ!」手足をばたばたさせていたが、なあにちょっと照れ臭かったんだろう。
ヤマの声や音が仮とはいえ入るとDANCE BABY DANCEはますます熟して、まさに果汁が滴るように変貌した。さらにいろいろオーガスタのキャラクターが得意分野で加わればとんでもない作品に仕上がるはずだ。そんな胸いっぱいの期待と、長年温めていたプランを実行できた満足感で穂苅の心は満たされていたのだった。
その後壺はというと・・・実はまだヤマ宅の玄関を飾っている。「重くてどこにも移動できひんし、でかくて捨てようにも捨てられん!」とかうれしそうに憎まれ口を叩いているかわいいヤマであった。